アーリーリタイア徒然草

50歳でアーリーリタイアしました。アーリーリタイアについて心に思うことを書き連ねていきます。

夏目漱石の小説の中の無職の人

「こころ」というタイトルの夏目漱石が書いた小説があります。
以前にも読んだことがあるのですが、詳細を思い出せませんでしたので、もう一度、読み直すことにしました。


主要な登場人物に「私」と「先生」がいます。
曖昧な記憶の中では、この「先生」ですが、無職の人だったような気がしました。
明治時代の無職の人は、どんな経歴で、どうやって生活費を捻出しているのだろうか、ということが気になっていましたので、確認したく、小説を読むことにしました。


「先生」は学生時代に両親を亡くしており、親戚にその遺産を随分と騙し取られたが、それでも生涯食べるに困らない程度の資産があったという設定でした。
また、「私」が「先生」と呼んでいるものの、学校を卒業してから、一度も職に就いたことがなく、毎日を書物を読んで過ごしており、厭世的な雰囲気をまとっています。


上記のような「先生」の背景を確認したくなって、読み始めました。
小説の中では、「先生」の学生時代に友人が自殺しており、その原因を作ったのは自分ではないかと自責の念に駆られて、結局は、「先生」も自殺することとなり、「私」宛ての遺書の中で過去の経緯や今の心境を書き連ねています。


最近は、年齢のせいか、暗く、重たい小説を読み進めるのに気力と体力が必要となりました。
読み終わった後のこの重たい気分は、また、いつか読もうという気分にはなりません。
小説が良い悪いという話ではなく、読み手である私の気力と体力の問題です。
軽い気持ちで読む小説ではありませんでした。


ちなみに「先生」は小説の中では年齢が記述されていませんが、その時代背景から30代後半とされています。
今の私から見れば、随分と若いと感じるのですが、明治・大正の平均寿命が45歳前後なので、当時の感覚では若くもない(ただ、老いてもいない)という年齢なんでしょう。


作者の夏目漱石が亡くなったのは49歳でした。
自分も50代にもなると昔の偉人や小説の登場人物は、年下になることが増えてきて、自分の人生は平凡なんだなと思うこともあるのですが、平時の人生はそんなもんかなとも思います。